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物を介して、使い手とどうコミュニケーションを重ねるか|graf・服部滋樹さん

一流シェフが愛用する調理道具や、百戦錬磨のバイヤーが展示会で「これは」と手に取る物。その道のプロたちは、どのような視点で物を見て、どこに着目するのでしょうか。

コロナ禍でリアル展示会になかなか足を運べない今、目利きたちの目を借りて物のレビューをしてもらい、変化し続ける日本のものづくりを捉えようという企画を立ち上げました。

今回は、大阪で活動するクリエイティブユニット「graf」の代表・服部滋樹さんにレビューしていただいた様子をお届けします。

プロフィール:服部滋樹(はっとり しげき)|graf代表、クリエイティブディレクター
1970年生まれ、大阪府出身。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとクリエイティブユニット「graf」立ち上げ。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛ける。近年では徳島県にもオフィスを設立し、地域再生などの社会活動にも注力。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。
物から生まれるコミュニケーションに目を向ける
今回は20ほどの商品をピックアップしてgrafの事務所におじゃましました。服部さんは目の前に並ぶ商品たちを手に取りながら、「これは何に使ったらいいんやろう」「こういう用途に使おう、って衝動に駆られる物がいいよね」と早速「使い手」の目線で物と向き合っていきます。
空間が引き立てられる「素材」の存在感|小型三徳包丁(DYK)
まず服部さんが手にとったのは、DYKの包丁。誰でも扱いやすいように、やや小ぶりのサイズで作られています。この包丁、grafがコンセプト立案、クリエイティブディレクションを手がけた大分県別府市のアートホテル「ガレリア御堂原(みどうばる)」の客室に採用したんだそうです。

「これはかっこいいですよね。アートを体験したい方が宿泊するホテルなので、滞在時間が長い。食材をホテルに持って帰ってきて料理をするシーンも出てくるはずなので、日本のモダニズムを道具で表現できたらいいなと考えました。今回のホテルは空間の素材が強いので、『切る』という機能に特化したものがいいと考えて選んでいます」

ホテルでは道具単体で見るのではなく、空間に合わせたときに「効き目がある」道具選びをしたそう。日常的に使うなら「包丁を研げるかが気になりますね」とコメントしていました。家で過ごす時間が増えている今、あらためて道具との長い関係性に目を向けていきたいですね。
形にひと工夫加えると、用途が広がる|塩こうじの甕(かもしか道具店)
続いては、かもしか道具店の「塩こうじの甕」。色の良さと、形のコンビネーションに惹かれて手にとった服部さんは、ふたの形状が気になったのだそう。

「機能を絞った商品にしようとしているなら、もう少しふたの要素を変えてもいいかもしれませんね。たとえば取手を付けるとか、スタッキングできるようにするなど。塩麹を入れる用途以外にもうひとつ機能を想像できたら、物としての幅がもっと広がると思います」

「塩麹の特性をリーフレットに掲載して、一緒に販売するといいんじゃないでしょうか」と使い手とのコミュニケーションを重視していました。
日常に取り入れた場面をすぐに想像できる|2tone 飯碗(道祖土 和田窯)
服部さんがレビューのなかで言及する機会が圧倒的に多かったのは、「物を使う場面」に関するコメント。たとえば道祖土 和田窯の「2tone 飯碗」は、「小盛りで栗ご飯をのせたくなる」と想像を膨らませます。

益子焼の伝統的な釉薬や製法を重視している飯碗の、高台に落ちる釉薬や口当たりの良さそうな薄さに、優しい印象を感じるのだとか。ご飯を盛る場面を想像すると、緑の釉薬よりも茶色と黒のコンビネーションを気に入っていました。
エレガントさをもっと引き立てる形を考える|鍋島青磁 マグカップ(鍋島虎仙窯)
鍋島虎仙窯の「鍋島虎仙窯 鍋島青磁 マグカップ」についても、「すごくきれいでエレガント」と絶賛。2,500円という値段もちょうどいいとのこと。ただしこのマグカップを使うシーンを思い浮かべたとき、ひと工夫加えられるかもしれない、ともコメントしていました。

「マグカップではなく、用途をもっと狭めてもいいかもしれません。コーヒーって熱いほうがおいしい飲み物ですよね。このマグカップに合うコーヒーの量は結構多いので、特別なコーヒーではなく日常的に飲んでいるコーヒーになると思います。

でもこの青磁のエレガントさをもっと活かすなら、マグカップを低くしてカップアンドソーサーにするともっといいんじゃないでしょうか。低くなると、香りを楽しんでくださいというメッセージに変わります。そういう時間のためにこの器があると言えるので、ホテルにも取り入れられるんじゃないでしょうか」

その物が使われる場面を思い描き、物が放つメッセージと生活者がその物を使いたいシーンがマッチしているかどうかを考える──服部さんのコメントから、物と使い手との間に「コミュニケーション」を生み出す役割があることに気づかされます。
時代に合わせてコミュニケーションを変化させられるか
これまでとは異なるシーンで使われるためのアレンジを|鉄瓶 なつめ(長文堂)
時代とともに使い手が変化していく以上、物をとおしたコミュニケーションにも変化が求められます。山形で伝統的に製造されている長文堂の「鉄瓶 なつめ」は、ふたの取手の形が気になったようです。

「こういうデコレーションってすごく大切なものだと思うんですよね。工房のプライドに直結すると思いますし、こういうデコレーションを見た瞬間に思い出が引き出される方もいます」

逆に言えば、この物が使われるシーンをこれまで以上に作り手が考えなくてはいけない今、鉄瓶が使われる場面を広げていくヒントは取手にあるのかもしれません。

「これまで鉄瓶が使われてきたシーンとは違う場面でお茶を飲むことが増えている以上、鉄瓶の用途も広がっていくはずです。この鉄瓶は色味と仕上げが良くて、すごくスタイリッシュなので、取手にこれまでやってこなかった工夫を加えたら、用途がさらに広がっていくんじゃないでしょうか」
万年筆でしたためる手紙にぴったりの、にじまない和紙|文綴箱(名尾和紙)
使われる場面の変化に合わせてアップデートされた物として挙げられたのは、名尾和紙の「文綴箱」。万年筆でもにじまないという和紙の使い心地を確かめるべく、服部さんは万年筆で和紙に書きこんでみることに。

「あ、すごい。全然にじまないじゃないですか。こんなに細い筆致で書けるとは思わなかったです。この紙には鉛筆でも安いボールペンでも書かないでしょうから、万年筆がぴったりだとは思うのですが、ここまでにじまないとは意外でした。すばらしいですね」
服部さんはコロナ禍によって、「手紙」そのものを見直しているタイミングだったのだとか。

「外出しにくくなって自分が周りの人に対してできることを考えたときに、贈り物をしたり、いただいた贈り物に対してお礼を送ったりする場面が格段に増えたんです。そうやって相手を思いながら動くときに、この紙で送るのはいいですね」
気軽に使いたくなる物から用途を広げられる|PICTURE BAR(大成紙器製作所)
「贈り物を受け取ったときの送り状を挟みたい」と手に取ったのは、大成紙器製作所の「PICTURE BAR」。写真や絵を挟んで飾れる紙製のマグネットバーで、子どもの絵から手紙、さらに服部さんの言うように一時的に貼っておきたい送り状や領収書まで、何でも気軽に挟めます。

「このグリーンの色味がきれいですね、我が家に合いそうです。あとは子どもの写真をプリントする機会がなくなってしまっているので、出力して貼りたいなと思いました。これ、買いますね」
伝統的な流れを汲み、革新を取り入れる|うしなすび張り子(Good Job!センター香芝)
家にいる時間が増えた今、服部さんは家で飾れる物についてもコメント。Good Job!センター香芝の「うしなすび張り子」は、服部さんが「日本の伝統的な流れを汲んでいていいですね」と話すように、3Dプリントの技術と手仕事を組み合わせています。
物の持つ文脈と手に取りやすさをマッチさせたい|ほとけさま(ここかしこ)
骨董屋で見つけた仏像をベースに制作しているここかしこの「ほとけさま」を手に取ると、「飾るための物として考えるなら、もう少しライトに購入できるような値段やデザインを考えてみてもいいかもしれませんね」と、その物の良さを引き出す売り方についてコメントしていました。「気軽に飾れそうなので、テレビの横なんていいですね」。
無理のない、自分に寄り添ってくれる物のあり方を追求する
ここまで20アイテムほど見ていただいたなかでいちばんのお気に入りを聞くと、すぐに「これ!」と服部さんが手に取ったのは、鍋島青磁のマグカップ。「物についてもデザインについても、完成度が違う」と感じたのだそうです。そのキーワードは、「無理がない」こと。
「デザインに合わせた技術の改善を踏まえてこの形になっていますが、そのプロセスにも、完成形にも、無理がない。そのまま今回物を選んだ基準にも重なるのですが、僕は『素直かどうか』を大切に考えています。やりすぎたデザインに引っ張られて物作りをするのではなく、デザインも技術もいい塩梅で作られている物を選びました」

素直さを重視している理由には、服部さんが考える「道具の役割」がありました。

「道具って人を補助してくれる物で、自分がこうありたいと思う状態に対して道具がそこに導いてくれる。その物と自分が目指す到達地点があるんです。

こういう生活をしてみたいなと思ったときに、その生活に導いてくれたり自分の技術を更新させてくれたりする、それが物なんですよね。最初はうまく使えなくても、自分に馴染んでいく。その繰り返しの先に、なれなかった自分になれることが、道具の素晴らしさだと思うんですよ」

だからこそ重要になるのが、物と使い手との間に生まれるコミュニケーションです。

「そうやって物とやりとりを重ねるなかで、自分が引き出されていくんです。そういう馴染み方ができるのは、素直さのある物だと思います。 だって、かっこよく見せたいから買った物が本来の自分を引き出してくれるかというと、そうではない。着ぐるみを着させられているような、ちぐはぐさが生まれてしまいます。だから手に取ったときに自分が使ってみたくなる物、使う場面を想像できる物であることが重要ではないでしょうか」

使い手がどんどん変化していく今、物作りの現場にも同じスピードの変化を求めることは容易ではありません。だからこそ、作り方をアップデートする必要があるのではないか、と服部さんは考えます。
たとえば、grafがデザインを担当し、徳島県の森工芸が製造を担当した「graf × 森工芸 rectangle rays tray」は、これまでにないコラボレーションから誕生しました。

「天然の木材をスライスする突き板の技術と、徳島で受け継がれてきた藍染の技術を組み合わせて作っています。このようなコラボレーションによって、脈々と続いてきた業界と、ファンがいる技術が掛け合わせられるので、使い手がこの物にアクセスできる道が広がるんですよね。それらがミックスされることで新しい流れを生み出したくて、あえておぼんを藍染にしたんです」

このおぼんのように、デザイナーが伝統的な物作りに関わったり、使い手が作り手とコミュニケーションしたりすることで、物と使い手との間に新たなコミュニケーションを生み出しています。その積み重ねが、工芸のあり方を変えていくのでしょう。

「今は工芸の未来を見据えた上で、作り方を見つめ直す時期なんだと思います。コロナ禍によって、作ることと同様に伝えることにも目を向ける人たちが増えているはずです。つまり相手を思う気持ちが、物づくりに反映される時代が今後やってくるのではないかなと、すごく期待しています。

僕たちは工芸の新しい価値観をつくる時代に立たされていると思うので、工芸からどんな可能性を広げられるかをみなさんと一緒に考えていきたいですね」
トークイベント情報
日時:12/2(水) 19:00~

こちらの記事では伝えきれなかったモノづくりに対しての想い、今回のレビュー商品についてお話しいただきます。

レビューしていただいた商品の作り手も登場。ものづくりのこだわりを深堀りします。

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